互いの恋愛格差

特に男性においてその傾向が顕著で、少数のオスが多数のメスを妻としてハーレムを作るオットセイになぞらえて、「オットセイ状態」などと形容される。

しかしそこで魅力的な異性を手に入れることが出来なくとも、魅力の少ない異性を手に入れればいいだけなのだが、それを望まない為、性的魅力の少ない男女がペアを組むことは少ない。自分の魅力が劣っていても、魅力の高い異性がほしい(複数ほしがる場合も)という思いから格差が生まれている。

この『恋愛格差社会』の敗者達の残骸―その成れの果てとしての中年童貞/ 中年処女の存在は、少子化の問題と絡めたうえで論じられることがある。

人間性を成長させる

恋と愛の両方を英語ではLoveと表現する。英語におけるLoveと日本語における恋と愛はイコールではない。これは両言語を用いる各種族の歴史観、宗教観、思想の相違による。日本語において「ラブ」「Love」は若者の言語や芸術では恋、愛両方を表す言葉として頻繁に用いられている。

男女間、あるいは同性間の恋については、様々な要因が引き金となって始まると思われる。要因の1つに、10代における身体の性的な成熟がある。この感情が芽生えるまでの少年少女の時期、彼ら彼女らにとって社会や人間関係は未知の世界であると言われている。この感情が芽生えると、寝ても覚めても相手のことで頭がいっぱいになったり、相手との人間関係を普通とは違う特別なものだと感じるようになったりする。人間以外の動物間にもこの感情が芽生えるかどうかについては不明。

恋が起こるのには人によってそれぞれの「きっかけ」があり、そのきっかけは人の人生においてとても大事なものになる場合がある。恋愛は結果に関わらず人間性を成長させる要素となる。

恋愛の定義はあるの

恋愛の定義のしかたは、国語辞典によってさまざまな個性が見られる。
『広辞苑』第6版では「男女が互いに相手をこいしたうこと。また、その感情。こい」と簡潔に記されている。
『三省堂国語辞典』第6版の「恋愛」は「恋」および「愛」を総合した定義である。同書では、まず「恋」は「〔男女の間で〕好きで、会いたい、いつまでも そばにいたいと思う、満たされない気持ち(を持つこと)」、「愛」は「?損得ぬきで 相手につくそうとする気持ち」「?〔男女の間で〕好きで、たいせつに思う気持ち」と定義する。そして、「恋愛」は両者を合同した形で、「〔男女の間で〕恋(コイ)をして、相手をたいせつに思う気持ち(をもつこと)」としている。



また独自の記述で定評のある『新明解国語辞典』第5版では、「特定の異性に特別の愛情をいだき、高揚した気分で、二人だけで一緒にいたい、精神的な一体感を分かち合いたい、できるなら肉体的な一体感も得たいと願いながら、常にはかなえられないで、やるせない思いに駆られたり、まれにかなえられて歓喜したりする状態に身を置くこと。」と表現した。この記述では性愛の側面を重視しており、また一方的な片思いでも恋愛は成り立つと解釈できる。第6版では、「特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。」と改訂され、性愛についての記述は削除された。



カップルの恋愛集

カップル(couple)とは、夫婦(結婚)、婚約中、恋人同士、恋愛などの関係にある一組の男女、あるいは、男女に限らずそうした関係にある2人のこと。ある2人をカップルにすることをカップリングという。
ラテン語で「結びつき」を意味するcopula(コプラ)に由来する。この語はフランス語でcouple(クプル)となり、英語に伝わりcouple(カップル)となった。本来は一組の男女という意味はなく、一組になった2つのもの全般を意味する。



この語は、ともかく男女が一組いれば、それに対して用いることができる。二人の関係がどのようなものか調べる必要がない。つまり、二人が婚姻関係であっても、内縁関係であっても、恋愛関係であっても、不倫関係であっても、当日たまたま一組で行動しているただの友人であっても、ともかく男女のペアであれば使用できる。つまり不躾(ぶしつけ)な詮索などせずに、人間としてのマナーを守って、一組の男女を礼儀正しくペアとして尊重することができる言葉・概念である。
また、近年の欧米では、ホモセクシュアルであることを公にして行動している人々も多いため、同性同士の組であっても「カップル」という語で呼ぶことがある。